Cantina suzuki
札幌市中央区南2条西3丁目カタオカビルB1F
TEL 011−222−3026
■2005年イタリア旅行記■

@イタリアへの移動
117日(月)千歳発 羽田経由 バスで 成田へ直行で成田行きがなく北海道は不便ですね。成田でチェックイン。「今日は良いお知らせがございます」「エコノミーが満席なのでビジネスクラスをご用意させていただきました」思わず頬が緩んでしまいました。
昨年もミラノ経由のヴェネツッィア行きがオーバー・ブッキングの為、アムステルダム経由に変更となり、ビジネスクラスでした。
お陰でゆっくり寝ていくことが出来ました。



@ミラノ
118日)
その晩はミラノでホテルの近くで軽くピッツア。時差ぼけで夜中の234時と目が覚め、6時頃には起床。だが、外は真っ暗。23日は、いつもこんな感じで目が覚めます。
朝はまず、ドゥモ近くのいつもの本屋さんでお目当ての本を探す。
この時期は霧がかかることの多いミラノで、須賀 敦子さんの「ミラノ 霧の風景」を思い出す。

ただ、今年の4月から飲食店・公共の場での喫煙が禁止になったので、路上でタバコを吸う人が、やたら目に付く。ローマ・ナポリ辺りではよく見る光景だが、ミラノではあまり見かけなかったのだが。路上も吸殻が多く感じる。


修復中のドゥモ

リナシェンテで両替

以前はここのトイレは無料だったが、今は人が居て、チップを置かなければならない。20セント位が相場のよう)


クリスマスの飾りつけのリナシェンテ
高級食材店 P
白トリフ 美味しそうな惣菜が並ぶ

疲れているので、ここで買ってホテルで昼食にしようかとも思うが、2Fのトラットリアで軽い昼食。  
電子レンジで暖めるだけなので、ちょっとがっかり。
ワインは美味しい! 
Barolo96 Brunenelo diMontalcino96其々6.5ユーロ(910円)
カウンターでワインやカフェだけを飲むことが出来る。ここはワインがお奨め。
もしくは暖めなくて良いメニューが良いと思う。(安くはないが)

食後地下のエノテカへ。
価格は日本より高いが、種類の多さとマグナムボトルや大きいボトルに見とれてしまう。
日本で入手不能なワインを何本か選ぶ。
一度ホテルへ荷物を預けに戻り、野菜・ハーブの種を買いに。
地下鉄のLIMA駅で下車。
目的の建物に行くが、無い!
勘違いかと思い、他の建物も見るがない。
近くのバールで聞くと、3ヶ月前に引っ越したとのこと。
日本でも、そうだけれど都会で、野菜やハーブの種を買う人が居ないのだろう。
しかしがっかりです。

その後、老舗のワイン屋さんエノテカCへ。

初めての訪問で期待して行くが、ちょっと雑然としていたのと、あまり目新しいワインもなくちょっとがっかりです。本屋さんとワイン屋さんは多少雑然といてるの方が個人的には好みなのですが・・・。
それでも、日本では入らない90年物のGrappaを1本仕入。

夜も疲れと時差ぼけで、お腹が空かずピッツェリアに入る。
海老とオレンジのリゾットを注文するが、オレンジの甘さが少しくどい!
1日目はハーブの種を除いて、大体予定通りの仕入。


Porta Genova (119)
2日目も3時半頃から目が覚める。
ドゥモ辺りは疲れるので、今日はポルタ・ジェノヴァへ地下鉄で。
ドゥモの地下鉄で何番線かと調べながら、エスカレータで降りている時に、ちょっと嫌な目線を感じる。(完全に狙われていました)
ここはスリで名高い駅であることにハッと気がつき、緊張感を持つことに。

中心部と違い、ノンビリした感じ。
運河は一部改修中で風情が少し無い。

以前もお世話になったキノコ専門店に。
このお店で種屋さんを教えていただいたので、今回もと思う。
老夫婦がいらしゃったのだが、お嬢さんが。
お話をすると、お二人ともお亡くなりなったとのこと。
お世話になったんですよ・・・等とお話をしながら、キノコの仕入れを。
フレッシュなものが仕入出来れば良いのだが、旅はこれからだしと思いながら品定めをしていると、近くの料理人らしきお爺さんが来て、キノコを選んでいる。
白トリフもあり、一緒に香りを嗅がせていただくと、白トリフの香りが強烈に。
「後8日後だと無理ですね」と尋ねると、当然だが5日間位との答え。断念するしかない。
種屋さんを聞くが、やはり郊外へ行かないと無理と。
「タクシーで高速で行けば30分位で行けるところがあるけど」
少し迷うが、こちらも今回は断念。

それからMercato(公設市場)へ。

ここでも、少量仕入れをする。市場ごと札幌に持って帰りたいくらい。
運河は工事中で風情がないが、近くのバールへ。
禁煙になって売上げが落ちたのではと思い質問すると、「外で吸ってくるので変わらないよ」との答え。
ポルタ・ジェノヴァ辺りは小さな面白い店が多いのだが、水曜定休の店が多く、開いてる店が今日は少ない。
お昼は、エノテカでと思い、地下鉄に乗り継いで行くが、駅からかなり距離がある。
タクシー乗り場もないし、途方に暮れるが、通りすがりのタクシーにアタック。
20分位してやっと1台止まってもらえる。(基本的にイタリアでは流しのタクシーは無い)


LaCantina di M
やっと辿り着くと、なんと満席!(50人位入る店です)
折角此処まで来たのだから、待たせてもらうことに。
すると外までスタッフが出てきて、白ワインを1杯ずつサービスしてくれ、空いたらすぐに席を作るからと言ってくれる。 
その心遣いが嬉しい!
15分位待つと席を作ってくれたが、昼から皆ワインと食事を楽しんでいて、イタリア人ならではの心地よいざわめきが。

ワインの種類も多いし、グラスワインも赤・白各3種。
白ワインはPinoGrigioが美味しい。
赤は地葡萄はなく、お任せするがMerlotであまり好みではなかったが、料理も飾らないが美味しい!
デザートは専門店からの仕入だが、またこれも美味しい。
お昼は大満足で、荷物があるのでホテルまで戻り、少しベッドで横になるが、旅の疲れと時差ぼけと昼のワインですっかり寝込んでしい、気がつくと7時を過ぎている。
8時にレストランを予約しているので、慌てて着替え、出かける。
星付きレストランなので、一応普段しないネクタイを。
8時ちょうどに着くと。オーナーシェフ自ら入口で出迎え。
3年前に来た時と、店内の雰囲気が少し変わっていて、以前座ったベンチシートは椅子席に。
豪華な雰囲気になっている。

まずはサービスでグラス・スプマンテが振舞われる。
ワインリストは以前より価格が随分高くなっているように感じられる。
前は安いと思ったけど、ワイン屋さんもそうだけど、価格が上がっている。(ユーロ高の影響も)

メニューを見ると、「魚介のコース」「白トリフのコース・5種のワイン付き」「創作料理のコース」そしてアラカルトとなっている。
何せ、寝起きなので(?)各々アラカルトで2品取ることに。
前菜の前に、今流行りのスペインと和を融合させたような突き出しが2品。
デザートも注文した皿とは別に2皿。
エスプレッソを普通にオーダーしたら、エスプレッソ・メニューが。最近、星つきの店でエスプレッソ・メニューがあるとは聞いていたが・・・・。

エスプレッソ1杯が約1000円。

イタリア人は価格に敏感で、例え星付きのレストランでも価格と見合うかはシビアとのこと。言われてみれば、イタリア人というより、我々も含め外国人が8割。
前回はもちろん日本語のメニューは無かったし、イタリア人のざわめきを感じた。


クロアチアへ移動 1110日)
翌朝、マルペンサー・エキスプレスで空港までと、Cadorna駅まで移動の為タクシーで。
人の良さそうな初老のおじさんといった運転手で、行き先を告げると、「今日はショーペロ(ストライキ)だ」と言う。
「イタリア名物のショーペロか・・・・」と、久々だなぁと思いながら行き方を考える。
「取りあえず行ってみるけど空港まで行こうか?」時間の余裕があるので、駄目なら中央駅からバスで行くからというと渋々Cadorna駅まで。
見た所、ストをやっているようには見えない。
降りて確認しに行こうと思うが車が多く難しいと思うとすぐ発車。
中央駅まで行くことに。
しかし渋滞で進まない。9ユーロ位のメーターが20ユーロを超えている。
バスも怪しいから、空港まで行こうか?と何度も聞かれるが、幸い時間に余裕があったので何とか中央駅に到着。約3倍の料金を支払うが、国鉄がストライキをやっている様子は無い。
「久々にイタリアにやられた!!」と気が付く。まぁ間に合ったから良いが、慣れた頃に気をつけろと言うが、これで済んで良かったのかも。
くれぐれもイタリアには気をつけましょう!
マルペンサー空港で行きに預けた荷物をとり、フランクフルト行きに。
1時間遅れる。フランクフルトの空港で友人と待ち合わせ。
1時間遅れで、次のフライト迄1時間。
フランクフルトの空港でも、荷物を預ける。
今回は2箇所を廻るので、荷物を分散して預ける作戦です。
ただ、遅れたので荷物を整理する時間が無く、大まかに。
クロアチアのDUBROVNIK(ドブロブ二ク)空港着。小さい地方空港という感じです。

DUBROVNIK(ドブロブニク)
11月も半ば過ぎなのでしっかり厚着をしてきたのだが暑い。
17度くらいとのこと。
空港でレンタカーを借りて、ホテルへ。
エレベターの表示が???
0があって、下へ1・2・3・4・5と続く。
シチリアのカポ・タオルミーナのホテルと一緒。
1階がゼロ。(ヨーロッパは同じです。イタリアは1階がTTerre 土)一番下の海へ通じる階はMmare 海)。
下の崖に沿って建物があり、地下1階・2階・3階というような感じです。
(普通は1階が0, 2階が1, 3階が2となります)
シチリアの時は暫らく理解できず、どうして目的の階に行けないのか悩んだものです。
まずは街を散策。此処は世界遺産にも指定されている街。
城壁の中を入っていくと、こじんまりした中世の街へ迷い込んだようです。

街を散策し、お腹を空かせて、地元の魚介料理の店へ。
メニューを開くと、イタリア料理そのもの。
イタリア語でのオーダーもOK.
味は・・・・?(何故か、妙に甘さを感じる)
ワインはもちろん地元のものを。(リストはクロアチア国内のワインだけ)
マルバジアの白を。ワインも・・・・?


1111
翌朝起きてベランダへ出ると素晴らしい景観。

夏場はホテルの予約が難しいと言うが、この景観と気候ならそうだろうと納得。
クロアチアは初めての訪問だが、もちろん一番に使える言葉はクロアチア語、2番がイタリア語、3番目がドイツ語でその次が英語とのこと。
ヴェネツィアの影響もあり、地区によってはイタリア語しか話せない老人もいるとか。
クロアチアの歴史は、ローマ帝国の支配下 ⇒ クロアチア王国 ⇒ ハンガリー王国の支配下 ⇒ クロアチアの沿岸部がヴェネツィアの支配下 ⇒ ハプスブルグ帝国の支配下 ⇒ スロバニア・クロアチア・セルビア王国 ⇒ ユーゴスラビア王国 ⇒ユーゴスラビア連邦 ⇒ 1991年ユーゴスラビア連邦より独立 ⇒ 1992年クロアチア共和国として国連加盟。

MOSTAR(モスタル)ボスニア・ヘルツゴビナ

ドブロブ二クより海岸線を通ってモスタルへ。
ただ、一部ボスニア・ヘルツゴビナの領地があり、僅かな距離だが入るのと出るのとで
パスポートを2回提示する。
また、クロアチア領土に戻り、内陸のボスニア・ヘルツゴビナのモスタルを目指す。
旧ユーゴスラビアのことは多少知っていたつもりだが、
国境を越えると、道路の感じというか、風景に違和感を感じる。道路があまり良くないのと、少し道端が汚れているような。
モスタルはスラブ語で「橋の番人」と言う意味らしい。
戦争で破壊された橋が有名とのこと。
市街地に入ると、何故か我々の車を見る人々の目線がきつく感じた。
ちょっと車を降りるのが怖いくらいで・・。
降りて街を改めて見渡すと、弾痕の痕や爆撃を受けた痕が・・・。

大地震や台風等の天災でも惨いと思うのに、こんな風景に出会うと、スーッと血の気が引いていく。
でも、人々はこんな中でも普通に生活しているのが不思議な光景に感じる。
モスタルの古い橋へ行く途中の通りでは、お土産屋みたいな店が軒を連ねているが、イスラム関連のもの。
あぁそうか、此処はイスラム圏なのだと実感する。

古い橋

現在修復された古い橋

橋の袂にフォトギャラリーがあり、覘いてみると紛争当時の写真があり、やはりショックを受けます。橋は1556年に建築されたとのこと。
元々は、クロアチア人・ボスニア人・セルビア人が、同じ割合で居住していたが。今はセルビア人は居ないそう。この橋はクロアチア人居住区とボスニア人居住区を分けているようだが、あまり渡ろうとはしないそうです。
旧ユーゴスラビアが5つの国に分かれてしまったのですから、民族・宗教等が絡み合って不幸なことに内紛になったのですが、もっと歴史を学んでみようと思います。

スロベニア クロアチア ボスニア・ヘルツゴビナ モンテ・ネグロ 
マケドニア

イタリアのデザートで「マチェドニア」という白ワインを使った、フルーツカクテルの様なものがありますが、色々な果物が入るので、当時から「人種のるつぼ」と言われた

マチェドニアからネーミングされたものです。
当時の戦渦の状況

カフェで軽いランチをとるが、トルコ料理みたいな独特の香辛料の匂いがする。
物価は安いようで、カフェとケーキを注文して日本円で4人で500600円位。

市内を走る市営バスがビックリ!

From the People of Japanの文字が胴体に大きく入り日の丸まで。

2002年に日本から贈られたようです。良いことだけど、ちょっと気恥ずかしい。
(もう少し小さく車内でも良かったのでは)でも、それだけボスニア・ヘルツゴビナが今も貧しいということだと想像できます。

僅か2時間位の滞在ですが、戦争の恐ろしさ、民族・宗教のこと等考えさせられました。

やはり、当たり前ですが平和が一番ですね。

ガイドブックによると、この辺りはとっても良いハイキングコースだが、地雷に注意するようにと書かれていた。
クロアチアのドブロブ二クも戦火にあっているのだが、全く気がつかなかった。
国力の問題で、貧しいボスニア・ヘルツゴビナはまだ復興できていないのだそうです。

Medugorje (メジュゴリェ)
ショックを受けたMostarを後に、1981年に聖母マリアが現れ、6人の子供が見たという、聖地メジュゴリェへ。
行く途中、Mostarへ入る時には気が付かなかったのだが、途中の民家の壁にも銃弾の跡が。
もちろん、人々はそこで生活しているのだが・・・。
聖地メジュゴリェでは今でも聖母マリアが現れているとのこと。
3時頃だそうで、その時間を目指す

世界中から巡礼者が集まり、ちょうど日本人の巡礼者もいました。
このメジュゴリェはイスラム教国のボスニア・ヘルツゴビナの中にあるのですが、
この土地は特別クロアチア領のようになっているそうですが、正確な情報ではないので、あしからず。
まずは、旅行記の@を掲載させていただきます

旅行記のAは暫らくお待ちいただけるよう、お願いいたします。
(スプリット・オパティア・リュブリアーナ・ザグレブ・フランクフルト)