Cantina suzuki
札幌市中央区南2条西3丁目カタオカビルB1F
TEL 011−222−3026
■2005年Aイタリア旅行記■

メジュゴリェを後にして一路、次の宿泊先SPLIT(スプリト)へ


スプリトの街の灯りが近ずき、中心部に入るが今度はホテルが
分からず、グルグル走り回る。

イタリアもそうだが、クロアチアも旧市街は進入禁止がとても多い。
仕方なく、歩いて探すことに。
やっと見つけ、地元の人でなければ分からないような道を通って
やっと到着。

チェックインしてみると、「ベル・ビュー」(美しい眺め)という
名前とは程遠い部屋。共産圏のままのようなフロントの無愛想さといい、
部屋もバスタブ・トイレ等も清潔感が無く居心地が悪い。

フロントのお勧めの近くのレストランへ。
店に入った瞬間、フレンドリーではない雰囲気。
ドブロブ二クのレストランでもそうだった。
ただ、炭火焼の炉の上には美味しそうな肉のグリルが。
オーダーを取りに来た男性は感じが良く、英語・イタリア語で
ワインや料理の説明をしてくれる。やはり、海が近いので、
イカ・タコ・スカンピ等をオーダー。メインは先程の炭火焼に
ひかれ、牛のグリルを。
ワインはお勧めの白ワインを。ワインは、まだ発展途上という感じです。

牛肉にいたっては硬すぎるし、パサパサで酪農にも課題あり。
途中、車のラジオで聞いた「ドブロ」の意味を聞くと、「凄い!」という意味らしい。此処では「ゼロ・ドブロ」と言うそう。デザートはイタリア・オーストリア・ドイツの融合の様。レストランの価格は、この国の収入レベルからすると、結構高い。
食後は、海岸を散歩。あの部屋から戻っても暗い気分になりそう


1112()
朝食に降りていくと、古びた部屋の中に宿泊客は我々を含め23組。

あまり食欲をそそらないパンやジャム・ヨーグルト等。この近辺には良いホテルが多いのだが、
運悪く満室で、ここに決まった。食事を終え部屋に戻ると、すでに部屋の掃除が終わっている。
客のことより、スケジュール優先の元共産圏らしい。

荷物をフロントに預け、スプリトの朝市へ。今日は日曜日なので、沢山の出店と公設市場が。
活気があり、すごい人です。

ローマ統治時代の世界遺産のディオクレティヌス宮殿を見たり、色々な店を冷やかす。
ここはダルマチア地方と呼ばれ、ダルメシア犬の生まれ故郷。
でも、街ではダルメシア犬一匹も見かけなかった。
スプリトを出発してOPATIJA・オパティアへ、向かう途中、ZADAR・ザダールへ。
150Km
位の道のりは、ずっと高速で。

しかし、クロアチアの海岸線の美しさは、イタリアのアマルフィもカプリもかすむほど。
何処も素晴らしい入り江と、海の透明度、点在する島々。
いつまでも、この美しさを保って欲しい。
いつも慌しい旅ばかりしているので、こんな処でのんびり、バカンスが出来たらと思う。

ザダールも入り江の町で、まずはランチにレストランへ。
気候も穏やかなので、外のテラスで食事している人も。

我々は魚介の前菜・パスタ・リゾット、メイン料理は魚介の魚ずくし。
何故か皆のパスタの味が共通に甘く感じられる。何の甘さかは不思議。

ゆっくり食事を済ましてから,、食事に合わせた白ワインの軽い心地よさと共に旧市街地を散策。

夕暮れが近くなり今夜の目的地オパティアへ。
高速に乗り、いくつもの山越えとトンネルを抜ける。一番長いトンネルを抜けると、それまで15度位あった温度が
一気に
10度以上下がり、濃霧で視界が悪くなる。すぐ前を行く車のテールランプさえ見えない。
おまけに、こちらのドライバーは霧の中でも130Km以上で追い抜いていく。
次々と抜かれ、いつも霧の中での一人旅。やっと、高度が下がり海岸線に近くなるにつれ、視界が良好になる。
最初に見えてきた街の灯りはリエカ(
RIJEKAこの街もリゾートの街だそう。
此処までサダールから200
Km以上はある。オパティアのホテルは海岸線にたつ快適そうなモダンなホテル。
ここでも街を歩くのに地図が欲しいと言うと「地図は無い」とにべも無い返事。
多分
4星クラスのホテルだったと思うが、サービス業とは思えない対応。アメリカ人らしい団体さんも来ていた。
部屋は申し分なく良い部屋。窓からは海が煌めき、街灯りも美しい。
ホテルから夕食のレストランを予約し、場所を教えてもらい、散歩がてら向かう。
大きなホテルが多く、カジノも数箇所かあった。
しかし、向かった先が
逆方向であったので、予約時間を過ぎてしまい、やっと辿り着く

アプローチがやたら派手な感じ。

今までの経験からして、アプローチの大げさな店で美味かった店はあまり無い。
店に入り予約の旨を告げると席が無いという。
挙句に遅かったので、席を他に譲ったというではないか。
大揉めに揉めた挙句、少し待たされたが、席を作ってもらう。
取り敢えず、ワインと前菜を決め注文する。
しかし、喧嘩したせいか、此処のホールの係りは態度が横柄。
グラスにワインを注いでくれたので、飲もうとしたらグラスの縁が欠けていたので、
グラスを換えてもらうと、グラスのみ変えてくる。
ワインは?と聞くと、別なハウスワインを注ごうとするので、こちらは銘柄を指定して注文しているのに、勝手にワインを捨てて、謝りも無く、おかしいじゃないか!と噛み付く。
そんなやり取りをしているうちに、やっと「すみません」の言葉が。
なんと言う店だろう。その担当者は2度と我々のテーブルには近ずきもしなかった。

変わりの担当のホールの小太りのおじさんは笑顔の良い人の良さそうな人。
少しは気分は紛れたが、懲りてそれ以上の注文はせず、店を出る。
もう11時を回っていた。
やはり共産圏の親方日の丸(日の丸とは言わないか・・)精神にどっぷり浸かっていて抜け切れないのだろうか?


1113
朝食は昨日とは違って、豊富なラインナップ。

ただ、ドブロブニク以外は、コーヒーは全てセルフサービス。
リエカを後にして今日はピアン(PIAN)経由でスロベニアの首都・リブリアーナへ向けて走りだす。
リエカからピアンまでは2時間足らずで到着。
もう少し走るとイタリアのトリエステ。
実はピアンにしようかトリエステにしようかと迷ったのだが、トリエステは前に行っているし、折角天気も良いので海辺の街ピアンに決定。
ピアンはもうイタリアの雰囲気。観光地の団体もイタリア人ばかり。
レストランもイタリア人が80%。飛び交う言葉もイタリア語ばかり。

ランチに入った店も、ホールの女性はイタリア人。彼女が、またテキパキしていて、サービスも良い。

クロアチア人もこのイタリアのサービス精神を見習って欲しい。
ここでも魚介ずくし。イカ・タコ・スカンピ。ロブスターもサンプルを見せに来る。
彼女のお勧めワインを美味しかった。
久しぶりに楽しいゆったりした食事が出来た。

いつものごとく、食後の散歩で街を散策し、リブリアーナへ出発。

途中の山中できのこ屋売りの屋台に何軒も出会う。

1軒冷やかしに寄ってみると、ポルチーニ・白トリフも有るという。

この辺りはきのこの豊富な山のようだ。

リブリアーナには日没後に到着。

かなり大きな街だが、少し霧がかかってるせいか、街全体が暗く沈んでいるように見える。

建物も歴史的に古いものが多い。

この街で初めて日本人の小グループの団体を見かける。

それまで見かけた日本人といったら、ドブロブニクで女性1人、メジョゴリアで教会関係者と巡礼の信者4人だけだった。

クロアチアの美しさは近い将来、全世界から人々が訪れても不思議は無い。

戦争も終わり平和になった今はなお更。

ボスニアは戦争の爪あとがまざまざと残る国だったが、クロアチアは復興目覚しく、その痕跡をも見当たらなかった。(今回、我々が旅をした場所では)

スロベニアは元々戦場にはなってなかったので、別だが。

夕食は地元でもなかなかのレストランで。
2棟続きの建物で、レストランとパブの経営の店。
パブは大入り満員。
レストランとパブでホールを兼用しているので、注文をとりに来るのに30分。
料理はそこそこレベルが高く、美味だが、料理が出るのも、もちろん遅く、4時間かかってしまった。
勧められたワインは何とも形容しがたい味と香り。
とにかくホールの人で不足は、どうにもならず、この辺のサービスを改善していかないと、観光客からも見放されてしまうだろう。


1114

翌朝、朝食を済ませて部屋へ戻ると、清掃が終わって、次のお客を迎える準備が出来ている。我々は23時間はこの部屋を使う予定なのに。
その後、また清掃に入るとは思えない。
リブリアーナの街を後にして、クロアチアの首都ザグレブへ。(ZAGREB
パーキングがなかなか見つからず、ザグレブの中心部でウロウロ。
路面電車があちこちに網の目の様にはりめぐされた街。
此処は新市街。

ケーブルに乗り旧市街へ。

突然、中世に戻ったような街並み。屋根はサッカーでも見慣れた、赤と白の碁盤の目模様。

昼食は地元のバーガーチェーンのような店へ。
外まで漂う香りは、トルコ料理のような匂い。
イタリアのサルシッチャに似たソセージを焼いてもらうと、やはり味わいは独特なスパイス。
香りが強く、かなり油っこい。
それをパンに挟んで食べると、指も口のまわりもベタベタに。
思わずビールを注文してしまった。

若い女性の姿も多い。
夕方の飛行機でザグレブからフランクフルトへ。 ザグレブ空港(古い空港でした)
フランクフルトへ到着すると、クリスマスの街へ降りた様。


恒例の皿拭きのリネンなどを買い込み、
X'mas一色の街を歩く。
まとめて持って帰りたい程、素敵なディスプレイや商品の数々。
ディナーはW氏宅で、シャンパニューと赤ワインと手料理を振舞われ、
旅を振り返りながらの、楽しく美味しい食事。


1115
帰国のフライト時間は夜の8時なので、それまでフランクフルトの街を楽しむ。

小さいながらも、コーヒー豆の焙煎、販売をし、奥にコーヒーを飲む店へ行き、
久しぶりに、美味しいエスプレッソを飲む。

は市場へ行き、店の仕入れを。

此処の市場はイタリア食材が揃っている。

ワインも殆んどがイタリアワイン。

それだけ、ドイツ人はイタリア料理が好きということだそうです。

その後、プロが仕入れる市場へも連れて行ってもらう。
同じグラッパでも、ミラノで購入したものより、此処の方が安い!
ちょっとショック。
ここでも他のものを仕入れすることが出来、旅の最終日としては、
W氏のおかげで理想的なエンディング。

フランクフルト発成田行きは、ご多聞にもれず、満席状態。

日本人の団体もそこかしこに。

女性は若い人から中高年までさまざまだが、男性は初老の人ばかり。

女性の行動力と好奇心旺盛な証拠でしょうか?

もっとも男性はなかなか長期休暇が取れないのかも・・・?

11時間のフライトで今回の旅も終了に。

さて、来年はイタリアの何処へ出かけようか?

もう心は来年に向かって・・・・・。